資格取得費用の返還合意は無効?使用者側専門弁護士が解説
従業員に業務に必要な資格を取得させるとき、会社が資格取得に必要な費用を負担する場合があります。
費用が数十万円などと高額になる場合は特に、資格を取得した従業員がすぐに自己都合で退職したり、他社に転職してしまうことを防ぎたいと考えるのは会社の経営者にとって当然のことでしょう。
そこで、資格取得に必要な費用を従業員に貸し付けるという形をとり、一定年数を継続して勤務することで全額返還免除としたり、勤続年数に応じて段階的に返済免除としたりすることがあります。
この記事では、このような資格取得費用の貸付けを行うときの注意点について解説します。
資格取得費用の貸付けの問題点
資格取得費用の貸付けとは
資格取得に必要な費用を貸し付けるときには、通常、資格取得貸付に関する社内規程を作成し、貸付けを希望する従業員に申請書を提出させて審査し、返還を約束させる誓約書などを提出させたのうえで貸付けを行います。
これにより、会社と従業員の間で金銭消費貸借契約が成立することになります。
たとえば、トラックのドライバーとして採用した新人が普通自動車免許しか持っていない場合に、中・大型免許を取得させるような場合に利用されます。
資格取得費用の返還合意が無効とされる場合
では、資格取得費用の貸付け・返還にはどのような問題点があるのでしょうか。
労働基準法には次のような規定があります。
- 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
つまり、貸したお金の返還を求めることによって会社が従業員を不当に足止めしてはならないとされ、これを「賠償予定の禁止」といいます。
従業員に資格取得費用を貸し付け、資格取得から一定の期間内に退職する場合には貸し付けた金銭を返還するという合意が、「損害賠償を予定する契約」であると判断されると、返還合意は無効となり、退職する従業員に貸付金の返還を求めることができなくなります。
無効とされるかどうかの判断基準
資格取得費用の返還合意が賠償予定の禁止に当たるとされるかは、形式面と実質面を考慮して判断されます。
形式面の判断要素
誓約書などで個別の合意をしていれば、合意の有効性が認められやすくなります。
資格取得費用の貸付けを行うときには、社内規定の内容を十分に理解してもらい、一定の期間内に退職する場合は要した費用を直ちに返還するという内容の誓約書に署名・捺印をしてもらいましょう。
実質面の判断要素
実質面として、次の5つの要素が考慮されます。
- 業務性があるか
- 労働者の自由意思に基づき応募できるものか
- 留学・研修等によって労働者が個人的利益を受けるか
- 返還金額は高額でないか
- 返還免除の条件となる就労期間は合理的な期間といえるか
これらの要素を満たしていると、資格取得費用の返還合意の有効性が認められやすくなります。
注意すべき点
返還を求めることができる「費用」とは?
会社が従業員に返還を求めることができる費用は、会社が実際に負担した費用に限られ、いったん支給した賃金や契約金の返還を求めることは賠償予定の禁止に違反します。
返還の範囲が制限される場合
資格取得費用の返還合意の有効性が認められたとしても、返還合意の範囲や内容を制限されたり、返還が認められない可能性があります。
東京地方裁判所の裁判例では、留学した労働者に対して大学授業料や大学出願料のほかに住宅費補助や語学研修補助といった手当も支給されていた事案で、業務遂行の費用ではない支出(=労働者が本来負担すべき支出)に当たるのは大学授業料と大学出願料であるとして、返還合意の範囲を制限しました。
合意自体が有効でも返還が認めれない場合
貸付け時に合意した就労継続期間中であっても、労働者が退職することもやむを得ないといえるような特段の事情がある場合には、資格取得費用の返還を求めることが権利乱用に当たるなどとして、返還が認められない可能性がありますので注意が必要です。
最後
このように、資格取得費用の貸付けを行うときには、社内規定や誓約書の内容に十分に注意する必要があり、場合によっては返還の合意が無効とされて多額の貸付け金の返還を受けられないおそれがあります。
資格取得費用の貸付け制度を導入するときや、貸与した資格取得費用の返還が問題となった場合には、使用者側の労働問題に精通した弁護士にご相談されることをお勧めします。