弁護士吉原

健康志向の高まりや新型コロナの影響で、従業員に自転車通勤を推奨する企業が増えています。

会社にとっては通勤手当の削減につながるなどのメリットがある一方で、従業員が通勤中に交通事故を起こした場合、従業員本人だけでなく、企業にも高額の損害賠償が請求される可能性があることをご存知でしょうか。

今回は、自転車通勤を認めることによる会社のリスクについて解説します。

ご相談事例

「弊社では、公共交通機関における三密を回避するため従業員にできるだけ自転車で通勤することを推奨しています。ところが先日、従業員Aがロードバイクで通勤中に歩行者Bに背後から衝突する事故を起こしてしまいました。Aさんはすぐに警察に連絡しBさんの救護を行いましたが、Bさんには首の痛みが残ってしまい。後遺障害認定を受けることになりました。Aは自転車保険には入っていませんでした。AはBさんに対してどのような法的責任を負うのでしょうか?また、弊社が何らかの責任を負う可能性はありますか?」

従業員が高額賠償を求められるリスク

自転車で走行中に歩行者や他の自転車に衝突して怪我を負わせてしまった場合、民法の不法行為の規定に基づいて、相手に生じた逸失利益や精神的損害を賠償する責任を負います(第709条)。

自動車と比べて自転車の事故のリスクは軽視されがちですが、対歩行者や自転車同士の事故では重大な怪我につながることがあります。

後遺障害や死亡という最悪の結果になれば、自動車が加害者になった場合と同様に、数千万単位の損害賠償を請求される可能性があります。

自転車の事故で高額の損害賠償が認められた事例として次のようなものがあります。

賠償額 事故の概要
約9521万円 小学生が夜間、自転車で帰宅途中、歩行中の女性と正面衝突。女性は頭蓋骨骨折等で意識不明の重体となった。(神戸地方裁判所、平成25年7月判決)
約9266万円 高校生が、自転車横断帯のかなり手前の歩道から車道を斜めに横断し、対向車線を自転車で直進してきた会社員と衝突。会社員に重大な障害(言語機能の喪失等)が残った。(東京地方裁判所、平成20年6月判決)
約6779万円 男性が夕方、ペットボトルを片手に下り坂をスピードを落とさず走行し交差点に進入、横断歩道を横断中の女性と衝突。女性は脳挫傷等で死亡した。(東京地方裁判所、平成15年9月判決)
約5438万円 男性が昼間、信号表示を無視して高速度で交差点に進入、青信号で横断歩道を横断中の女性と衝突。女性は頭蓋内損傷等で死亡した。(東京地方裁判所、平成19年4月判決)

※福岡県のホームページより引用

福岡県では2020年10月1日に自転車の利用者に自転車保険(自転車損害賠償保険等)への加入が義務付けられました。

しかし、依然として自転車保険に未加入の方も多いと言われています。

従業員が保険に加入していないと、高額の損害賠償の支払いができず、財産や給与が差し押さえられることがあります。

企業が使用者責任を問われるリスク

通勤中の自転車事故で賠償責任を負うのは従業人本人だけとは限りません。

従業員が自転車保険に加入しておらず、賠償金を支払うだけの資力がない場合、被害者は民法に規定されている使用者責任(第715条)を根拠として従業員を雇用する会社に損害賠償請求を行ってくる可能性があります。

民法第715条1項 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りではない。

使用者責任が肯定されると、会社は加害者となった従業員と連帯して全額の賠償を行わなければなりません

ここでポイントになるのは、使用者責任が認められるためには「事業の執行について」不法行為が行われること(業務執行性)が要件とされている点です。

たとえば、自転車で出前をしているときに事故を起こして第三者に怪我を負わせた場合であれば業務執行性が認められるでしょう。

では、業務時間中ではなく、通勤途中の事故ではどうでしょうか。

個別具体的な事情にもよりますが、従業員が純粋に通勤のために自転車を使用していたにすぎない事案において、通勤途中の事故につき会社の責任を否定した裁判例もあります。

そうはいっても、もし会社が責任を追及されれば多大なリソースを割かれますし、後述のように事情によっては会社が責任を問われることがありますので、リスク管理の観点から対策は講じておくべきです。

対策

面接

自転車通勤のリスクを低減するためにまずやるべきことは、従業員に自転車通勤を認める際には自転車保険への加入を徹底させることです。

自転車通勤は許可制とし、申請時に自転車保険の保険証書の写しを提出させるのがよいでしょう。

自転車保険が失効したまま自転車通勤が継続されることがないよう、許可は更新制とし、更新のたびに保険に加入していることを確認するようにしましょう。

自転車を配達や取引先への移動など業務のために利用していることを会社が容認・助長していると、通勤についても業務執行性が認められるおそれがあります

また、会社主催の飲み会でアルコールを摂取したにもかかわらず自転車で帰宅することを容認したような場合には会社が責任を問われる可能性が高くなります。

従業員には安全運転を徹底させ、業務上の利用で自転車を使用することが絶対にないよう指導しましょう。

最後に

最近は自転車の危険運転や対人事故が社会問題化し、保険加入や交通ルールの順守に対する意識も高まってきました。

それでも、「たかが自転車で大げさではないか」と考えて保険加入や安全運転を怠る従業員はいるかもしれません。

万が一のときに会社が責任を負うことがないように社内規程づくりや従業員の教育を行うようにしましょう。

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