一般社団法人福岡県私設病院協会様が2か月に1回発行している会報誌「福私病ニュース」において、弊所の弁護士が労務問題に関する連載を行っております。
連載中の記事を全文掲載いたします。
事例
5月の昼下がり、たくみ病院の事務長Tは事務長室から窓の外を眺めていた。院内の新緑がさわやかに色づくこの季節はTの楽しみの一つであったが、Tの気持ちは沈んでいた。
たくみ病院では4月に数名の職員を新たに採用した。そのうち臨床検査技師のRが、再三の注意や指導にもかかわらず、遅刻や欠勤を繰り返しているのだ。
たくみ病院の就業規則では、最初の3か月を試用期間とし、その期間中に職員の出勤状況、健康状態、業務遂行能力、人物等を勘案し、職員として不適当であると病院が認めるときは、本採用は行わないとされていた。
Rを選んだのは失敗だった。Rを本採用すべきではない。
誰も表立って口にはしないが、Tは院内の空気を敏感に感じ取っていた。
「どうしたものか…。」
そのとき、Tのため息をかき消すように総務部長Mの声が響いた。
M:「事務長、Rの件でいい解決方法がありました。」
T:「またか。一応話を聞くが、手短かにしてくれ。」
M:「ご存知のように、試用期間中であっても解雇は解雇ですから、首を切るのには相応の理由が必要です。ところが、試用期間中の解雇は通常よりも認められやすいんだそうです。」
T:「そうはいっても、数回の遅刻や欠勤を理由にするのは無理があるだろう。」
M:「我々の仕事は患者様の命を預かる仕事です。事務的な業務で穴を空けるのとは話が違います。Rのように何度指導を行っても改善されないケースなら、十分、解雇事由に当たるはずです。事務長、Rを解雇しましょう。」
T:「うーむ…。」
M:「提案はもう一つあります。3か月の試用期間で職員の業務遂行能力を見極めるのにはどうしても限界があります。そこで就業規則を変更し、試用期間を1年、いや、思い切って2年や3年に延長してはどうでしょうか?」
T:「何だって? 3年の試用期間なんて聞いたことがないぞ。」
M:「試用期間の長さについて法律上の上限はありません。先ほど申し上げたとおり、試用期間中は解雇の基準が緩くなります。期間が長ければ長いほど病院にとって有利になるはずです。」
T:「しかし…それって本当に大丈夫なの?」
試用期間でも解雇は解雇
「新たな従業員を採用したが、実際に働いてもらったら勤務態度に問題があった。本採用前に退職させるにはどうすればよいか。」
弁護士に多く寄せられるご相談の一つです。
特に、経験のある従業員を中途採用するケースでは、「好待遇で迎え入れたのに、期待された能力を有していなかった」ということがよく起こります。
そのような事態に備えて、多くの場合は就業規則などで採用後に数か月間の試用期間を設け、その間に本採用の可否を判断することとしています。
もっとも、試用期間を設けているからといって勤務態度や能力に問題があるとき本採用を拒否することが無制限に許されるわけではありません。
最高裁の判例によると、法律上、試用期間は「解約権留保付雇用契約」であるとされています。
つまり、会社に解約権(一定の理由があった場合に契約をやめる権利)が会社に留保されている状態で、雇用契約が成立している状態です。
雇用契約が成立している以上、本採用を拒否することは解雇に当たります。
試用期間中の解雇の制限
では、使用者はどのようなときに解約権を行使することができるのでしょうか。
最高裁は、著名な「三菱樹脂事件」で、試用期間中の解雇は通常の解雇よりも広い範囲で解雇事由が認められるとしつつ、解雇は「客観的に合理的な理由があり社会通念上相当として是認される場合に許される」としています。
日本では解雇が非常に厳しく制限されており、たとえ試用期間中という理由で解雇制限が一定程度緩和されたとしても、合理性のない解雇は無効とされます。
試用期間中の事案ではありませんが、寝過ごしにより2度の放送事故を起こしたアナウンサーの解雇が争われた最高裁判決があります。
最高裁は労働者の帰責性を認めつつ、「解雇をもってのぞむことは、いささか苛酷にすぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできないと考えられる余地がある」として、解雇は無効としました(「高知放送事件」)。
これらを踏まえて事例を検討すると、数回の遅刻や欠勤を理由にRを解雇することは違法とされる可能性が極めて高いでしょう。
とるべき対応
では、このようなケースで病院はどのような対応をとるべきなのでしょうか。
まず、問題のある従業員に対して注意や指導を行い、勤務態度が改められるよう努めましょう。
注意や指導を行っても改められないときには、戒告・譴責といった軽い懲戒処分を行ってさらに改善に向けた教育や指導を行い、徐々に処分を重くしていきます。
それでもなお改善が見られないときは、いきなり本採用拒否(解雇)を通告するのではなく、まずは自主的な退職を促しましょう。
いわゆる「退職勧奨」です。
退職勧奨を行うとき、就業規則に本採用基準が具体的に書かれていれば、従業員を説得しやすくなります。現時点でトラブルになっていなくても、いざというときに備えて就業規則の本採用拒否に関する規定を確認しておきましょう。
従業員が退職勧奨に応じない場合は、いよいよ本採用拒否、すなわち解雇を検討することになります。
ここで従業員の問題行為に対して指導や注意、懲戒処分を積み重ねてきたことが生きてきます。
軽微な勤務態度不良であっても、それが繰り返され、その都度指導を行ってきたにもかかわらず改善されない場合には、裁判所は解雇の正当性を認めやすくなります。
これを「積み重ね論」といいます。
のちのち裁判になったときに重要になるのが、指導の対象となった問題行為の詳細や、それにより生じた業務上の支障の程度、病院が従業員に行った注意・指導の内容の記録です。
紛争が長期化することを見据えて、注意・指導のたびに書面を残すようにしましょう。
解雇予告および解雇予告手当
すでにご説明したとおり、試用期間の満了による本採用の拒否は解雇に当たりますので、解雇予告を始めとした労働基準法上の解雇に関する規定が適用されます。
解雇予告の規定は、試用期間中の者に対しては使用する期間が14日以内であれば適用されません。
使用する期間が14日を超える場合には、30日前に解雇予告を行うか、解雇予告をしない場合には30日分の平均賃金を解雇予告手当として支払わなければなりません。
解雇の10日前に解雇予告を行って20日分の平均賃金を支払うなど、解雇予告と解雇予告手当を併用することも可能です。試用期間の長さに上限はある?
最後に、試用期間の長さについて解説いたします。
事例で総務部長Mが指摘しているとおり、試用期間の長さについて法律上の上限はありません。
しかし、試用期間は従業員を不安定な立場に置くものであるため、合理的理由なくあまりに長期の試用期間を設けることは公序良俗違反となる可能性があります。
試用期間を最長1年間とした事案で、試用期間を無効と判断した裁判例(「ブラザー工業事件」)がありますので、最長でも6か月程度に留めるべきでしょう。
「試用期間の満了が迫っているが、もう少し様子を見てみたい」という場合は、試用期間を延長する方法があります。
この方法は、個々の従業員の能力や勤務態度に応じて柔軟に対応できるのがメリットです。
ただし、試用期間を延長するためには、延長の可能性やその事由、期間などについて就業規則等に規定しておく必要がありますので注意が必要です。
また、延長後の期間を含めても試用期間は1年程度にとどめるべきです。
さらに、試用期間を延長することになった理由については、延長の対象となる従業員に丁寧に説明し、必要に応じて指導を行いましょう。
繰り返しになりますが、指導の対象となった事実や指導の内容については書面で残しておくことが肝要です。
最後に
今回は試用期間中の解雇についてご説明いたしました。
いざというときに適切な対応をとるためには、あらかじめ就業規則などに明記しておくことが重要です。
就業規則の見直しを検討されている方がいらっしゃいましたら、お気軽に弊所へご相談ください。
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