はじめに

弁護士荻野哲也

システム開発やウェブサイト制作、デザイン業務などを外部の専門業者に委託する際、「業務委託契約」を締結することは、多くの企業にとって日常的な業務の一つでしょう。

しかし、この「業務委託契約」という言葉、実は法的に一種類ではありません。

大きく分けて「準委任契約」と「請負契約」の2つの類型があり、どちらの性質を持つ契約なのかによって、委託者(発注者)と受託者(制作者・開発者)の権利義務が大きく変わってきます。

契約書の名称がどうであれ、その実質的な内容によって法的な扱いは異なり、万が一トラブルが発生した際には、想定外の責任を負わされたり、期待した成果が得られなかったりするリスクが潜んでいます

この記事では、業務委託契約における「準委任契約」と「請負契約」の基本的な違いから、契約類型によって具体的にどのような権利義務の差が生じるのか、そして実際の裁判例ではどのように判断されているのかを分かりやすく解説します。

1. 業務委託契約の基本 – 「準委任契約」と「請負契約」を正しく理解する

まず、業務委託契約の基本的な2つの類型である「準委任契約」と「請負契約」について、その定義と目的の違いを押さえておきましょう。

契約内容

1-1. 準委任契約とは – 「業務の遂行」を目的とする契約

準委任契約は、民法第656条で「委任の規定は、法律行為でない事務の委託について準用する」と定められています。

簡単に言うと、委託者が受託者に対して、法律行為以外の特定の事務処理(業務)を行うことを依頼し、受託者がこれを承諾することで成立する契約です。

準委任契約の最大のポイントは、「業務を適切に行うこと(プロセス)」 そのものが契約の目的であるという点です。

受託者は、専門家としての知識や経験に基づき、善良な管理者の注意をもって(これを「善管注意義務」といいます)業務を遂行することが求められますが、必ずしも特定の「成果」を完成させる義務までは負いません。

    準委任契約の具体例:
  • 経営コンサルティング契約
  • システム運用・保守契約
  • 市場調査・分析業務の委託
  • SES(システムエンジニアリングサービス)契約

1-2. 請負契約とは – 「仕事の完成」を目的とする契約

一方、請負契約は、民法第632条で「当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる」と定められています。

請負契約の核心は、「特定の仕事を完成させること(結果)」 が契約の目的であるという点です。

受託者(請負人)は、契約で定められた仕様に従って仕事を完成させ、その成果物を委託者(注文者)に引き渡す義務を負います

そして、委託者はその完成した仕事の結果に対して報酬を支払います。

    請負契約の具体例:
  • ソフトウェア・アプリケーション開発契約(一括請負)
  • ウェブサイト制作契約
  • ロゴ・パンフレットなどのデザイン制作契約
  • 建物の建築工事契約

2. なぜ区別が重要? – 契約類型でここまで変わる!業務委託契約における権利義務の違い

準委任契約と請負契約の区別がなぜこれほど重要なのでしょうか。

それは、契約の類型によって、委託者と受託者の権利義務、特にトラブル発生時の責任の所在が大きく変わってくるからです。

プロブレム

2-1. 成果物に対する責任:「完成義務」と「善管注意義務」

請負契約の場合

受託者(請負人)は、契約で合意した仕様通りの 「仕事の完成」 と 「成果物の引渡し」 について明確な義務を負います。

もし期限までに成果物が完成しなかったり、品質が契約内容に満たなかったりすれば、債務不履行となり、委託者(注文者)から契約解除や損害賠償を請求される可能性があります。

準委任契約の場合

受託者(受任者)は、専門家としての「善管注意義務」(善良な管理者の注意をもって業務を遂行する義務)を負います。

つまり、誠実かつ適切に業務を行えば、たとえ期待した通りの「成果」が得られなかったとしても、直ちに契約違反とはなりません。

2-2. 契約不適合責任(かつての瑕疵担保責任)の有無

請負契約の場合

引き渡された成果物に契約内容と異なる点(品質不良、数量不足、機能不備など)があった場合、受託者(請負人)は「契約不適合責任」を負います。

委託者(注文者)は、修補、代替物の引渡し、代金減額、損害賠償、契約解除などを請求できます。

準委任契約の場合

原則として、成果物の完成を目的としていないため、契約不適合責任という概念は馴染みません。

ただし、受託者の善管注意義務違反によって質の低い業務が提供され、それが契約不適合責任に該当するような欠陥と同視できる場合には、別途、債務不履行責任(損害賠償責任など)が問われる可能性はあります。

2-3. 報酬の支払い:「いつ」「何に対して」払うのか?

請負契約の場合

報酬は、「仕事の完成」に対する対価です。

原則として、成果物が引き渡され、検収に合格した後に支払われます。

仕事が未完成のうちは、原則として報酬請求権は発生しません。

準委任契約の場合

報酬は、「業務の遂行」(労務の提供)に対する対価です。

実務上は、作業時間や工数に応じて月額固定で支払われたり、時間単価で計算されたりする「履行割合型」が多いです。

【要注意!】契約書の名称だけでは決まらない「業務委託契約」の実態

ここまで見てきたように、準委任契約と請負契約では、当事者の権利義務に大きな違いがあります。

そして最も重要なのは、契約書のタイトルが「業務委託契約書」となっていても、それだけで契約の法的性質が決まるわけではないということです。

裁判所は、契約書の名称だけでなく、契約条項の具体的な内容、当事者の意思、取引の実態などを総合的に考慮して、その契約が準委任的なのか請負的なのかを判断します。

3. 判例から学ぶ – 裁判所は「準委任契約」と「請負契約」をどう判断する?

契約書に「準委任契約」と書かれていても、実質的には「請負契約」と判断されたり、その逆のケースも起こり得ます。

ここでは、実際の裁判例を通じて、裁判所がどのような点を重視して契約類型を判断しているのかを見ていきましょう。

プロブレム

3-1. 裁判所はここを見る!「準委任契約」か「請負契約」かの判断基準

裁判所は、契約類型を判断するにあたり、以下のような要素を総合的に考慮します。

    ・契約書の記載内容:
  • 契約の目的(業務の遂行か、仕事の完成か)
  • 成果物完成義務の有無に関する条項
  • 報酬の算定方法(時間単価、月額固定、一括請負など)
  • 報酬の支払時期(作業完了後、検収合格後など)
  • 検査・検収に関する条項の有無
  • 契約不適合責任(瑕疵担保責任)に関する条項の有無
  • 知的財産権の帰属に関する条項
    ・業務の実態:
  • 具体的な業務内容(特定の成果物の完成を目指すものか、継続的な役務提供か)
  • 委託者からの指示・指揮監督の程度
  • 作業時間や工数の管理・報告の有無
    ・当事者の意思:
  • 契約締結に至る経緯
  • 当事者がどのような契約を意図していたか

3-2. 判断事例から学ぶ

以下に、参考となる判例をご紹介します。

ネイルサロン向けシステム開発委託事件(東京地裁 令和2年7月27日判決)

・事案の概要:

発注者(被告)が、自社で使用するネイルサロン業務用システムの一部開発を受託者(原告・開発会社)に委託。

契約書上の名称は「準委任契約」で、「成果物の完成義務を負わない」との条項もありましたが、開発の遅延や品質を巡りトラブルに。

・契約書等:

契約書名は「準委任契約」。受託者側の要求で「成果物の完成義務を負わない」旨の規定あり。

しかし、報酬の支払期日は「システムの納品月の翌月末」と定められていました。

・裁判所の判断:

本件契約は実質的に請負契約に当たると判断。

・理由:

(1) 契約書に「準委任」とあり完成義務を否定する条項があっても、

(2) 報酬の支払条件が成果物(システム)の納品を前提としている点に着目。

(3) 契約の名称や一部条項だけでなく、交渉経緯、作業内容、代金条件などを総合的に考慮し、
取引の目的が「仕事の完成」にあったと認定。

この裁判例からも分かるように、裁判所は契約書の文言だけでなく、実際の取引経緯や業務の態様、報酬の支払い方法といった実質的な側面を重視して、契約の法的性質を判断しています。

したがって、契約書のタイトルや形式だけに頼るのではなく、契約の実態に即した適切な内容の契約書を作成することが、紛争予防の観点から極めて重要です。

5. まとめ – 適切な業務委託契約書を作成することは極めて重要

業務委託契約における「準委任契約」と「請負契約」の違いは、単なる言葉の違いではなく、委託者と受託者の権利義務、特に責任の範囲や報酬の考え方に直結する、法的に極めて重要な区別です。

安易な判断や契約書の不備は、予期せぬコスト負担、紛争の発生、ひいては事業計画の遅延や頓挫といった深刻なリスクにつながりかねません。

委託する業務の目的や内容を正確に把握し、それに最も適した契約類型を選択し、具体的な権利義務関係を契約書に明確に落とし込むことが不可欠です。

今回の記事が、皆様の会社における適切な業務委託契約の締結、そして円滑な事業運営の一助となれば幸いです。

  • 荻野哲也弁護士
  • この記事を書いた弁護士

    荻野 哲也(おぎの てつや)
    たくみ法律事務所 福岡オフィス所属
    福岡県朝倉市出身。久留米大学附設中学・高校、早稲田大学、同法科大学院を経て、司法試験に合格。学生時代にプログラミングを趣味にしており、IT企業のご支援、システム開発を巡る紛争の解決、システム開発業務委託契約書の作成・チェックに特に注力。広告法務(薬機法・景表法等)、個人情報保護法関連も得意としている。

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