弁護士野中

就業規則は、「会社のルールブック」と言われます。

労務管理に取り組む会社にとっては必要不可欠なものですが、「就業規則について正しく理解している」と自信を持って答えられる方は意外と少ないのではないでしょうか。

今回は、就業規則の法的な性質や実務上の注意点についてわかりやすくまとめます。

就業規則とは

就業規則とは労働条件や従業員が守るべきルールなどをまとめた規則をいい、常時10人以上の労働者を使用する事業主に作成と届出が義務付けられています。

就業規則は必ずしも「就業規則」という名称である必要はありません。

「工場規則」「従業員規則」といった別の名称が使われることもあります。

本体の就業規則とは別に「賃金規程」「退職金規程」といった特別の規程を設けたり、「短時間有期職員規則」など一部の労働者にのみ適用される規程を定めることもあり、この場合は2以上の就業規則を併せたものが労働基準法上の就業規則となります。

「常時10名以上の労働者」には正社員はもちろん、パートタイマーや契約社員など非正規の社員も含まれますが、経営者や役員は含まれません。

常時10人以上の労働者を使用しているかどうかは事業場ごとに判断されますので、本店と支店が独立していてそれぞれの労働者が10人未満であれば就業規則の作成・届出義務は生じません。

就業規則は会社の「約款」

就業規則の拘束力の根拠は?

就業規則の大きな特徴は、一定の要件さえ満たせば会社が一方的にルールを定めたり変更したりできるという点です。

これは「労働条件は使用者と労働者の合意によって決められる」という原則(「合意の原則」といいます)の重要な例外であり、労働契約や労働協約とは根本的に異なる部分です。

ここで、次のような疑問を持つ方がいらっしゃるかもしれません。

従業員と個別に合意していないにもかかわらず、なぜ拘束力を生じるのだろうか?

この点については、就業規則を「約款」のようなものだと考えていただくとわかりやすいと思います。

約款とは

約款とは、不特定多数の者を相手方として行う取引において画一的に適用される規程をいいます。

典型例が宿泊約款です。

ホテルを予約する際に宿泊時の細かいルールを一つ一つ説明されるようなことは通常ありませんし、チェックインする際に宿泊時の決まりごとがびっしりと記載された契約書に署名・押印を求められるようなこともありません。

しかし、ホテルの部屋に入ると「宿泊約款」という冊子が備えられており、次のような条項が記載されています。

(当ホテルの契約解除権) 第7条 当ホテルは、次に掲げる場合においては、宿泊契約を解除することがあります。 (1) 宿泊客が宿泊に関し、法令の規定、公の秩序若しくは善良の風俗に反する行為をするおそれがあると認められるとき、又は同行為をしたと認められるとき。 (2) ・・・ 参考:「モデル宿泊約款

そして宿泊の際に何らかのトラブルが生じたときは、たとえ個別の合意がなくても、これらの規定が法的な効力を持ちます。

就業規則もこのようなものだと考えてください。

入社時に就業規則の内容を事細かに説明することはあまりしませんし、そもそも就業規則にどのような規定があるか知らない従業員もいるかもしれません。

しかし、いざ労務トラブルが生じたときは就業規則が当事者の権利義務関係を定める根拠となるのです。

そのため会社にとって就業規則の有無や内容は大変重要な意味を持ちます。

就業規則に関するルール

手続上のルール

就業規則は「会社が画一的・統一的に従業員との権利関係を設定できる」という点で利便性の高い制度です。

しかし、当然のことながら会社が内容を好き勝手に定められるわけではなく、いくつかの制限が設けられています。

まず、就業規則を作成したり変更したりするときには、労働者の過半数で組織する労働組合(労働組合がない場合には、社員の過半数を代表する者)の意見を聞かなければいけないとされています。

そして就業規則は労働基準監督署に届出が行われ、従業員に適切な方法で周知がなされて初めて効力を生じます。

「法的な義務があるからとしぶしぶ就業規則を作成して労基署に届け出たものの、社長のデスクの引き出しにしまったままになっている」というようなお話をときどき耳にしますが、このような就業規則は無効となりますので注意が必要です。

なお、就業規則を新たに作成するときだけでなく、内容を変更するときにも再度の届出と周知が必要です。

内容に関するルール

以上のような手続上のルールのほか、記載事項や内容の合理性についても法律上の制限があります。

就業規則には労働基準法で定められた事項を記載する必要があり、このうち必ず記載しなければいけない事項(「絶対的必要記載事項」といいます)を欠く就業規則は作成しても法律上の作成義務を果たしたものとされません。

そして、就業規則の内容は合理的なものでなければなりません

たとえば、仮に「従業員が遅刻をしたときは直ちに懲戒解雇とする」という規定を含む就業規則を作成して届け出たとしても、このような規定は行為の悪質さに対してペナルティが重すぎて相当性を欠くために無効となります。

従業員が10名未満でも就業規則を作るべき?

就業規則についてよくいただくご質問は、「従業員数が10名未満なので法的な義務はないが、就業規則を作るべきか?」というものです。

結論を先に申し上げると、たとえ法的な義務がなくても就業規則は作成すべきです。

ただし、もし作るのであれば、雛形を元に形式だけ満たした就業規則を作るのではなく、弁護士などの専門家のアドバイスの下で自社に合った就業規則を作るべきです。

就業規則がないとどのようなデメリットがあるのでしょうか?

最大のデメリットは、「懲戒処分ができない」という点です。

最高裁判所の判断によれば、就業規則に明確に定められていなければ会社は懲戒権を行使することはできません(フジ興産事件・最二小判平成15年10月10日労判861号5頁)。

就業規則がなくても身体・精神の障害により業務に耐えられないときや無断欠勤が続くときなどに「普通解雇」をする余地はありますが、従業員の非違行為に対する制裁として懲戒解雇をすることはできません。

また、一部の助成金は就業規則があることが申請の要件とされています

たとえば、非正規雇用労働者の企業内でのキャリアアップを促進するために正社員化や処遇改善の取り組みをした事業主に対して助成を行う「キャリアアップ助成金」では就業規則を変更することが要件とされており、就業規則がない場合は別途作成する必要があります。

労働条件や会社と従業員の関係を明確にすることで労使紛争を未然に予防する効果があるという点で、就業規則は会社だけでなく従業員にとってもメリットがあるものです。

採用の際に従業員から就業規則を見せてほしいと言われることも想定されます。

そのとき「法律上の義務もないので就業規則は作っていない」と回答すれば、労務管理に対する意識が希薄な会社だという印象を抱かれてしまうかもしれません。

就業規則はテンプレートどおりで問題ない?

就業規則を作成すべき理由はお分かりいただけたかと思います。

厚生労働省が公表している「モデル就業規則」を始めとして、就業規則のテンプレートは数多く存在します。

ところが、「就業規則のテンプレートに自社の名前を入れて届出をすればいいのか」というと、そうではありません。

その就業規則の内容があなたの会社に合っているという保証はどこにもないからです。

たとえば「モデル就業規則」には2018年3月に労働者の遵守事項から「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定が削除され、副業・兼業について規定が新設されました。

しかし、現状では「従業員の副業は禁止したい」と考えている経営者様が多いのではないのでしょうか。

このように、「モデル就業規則」を始めとしたテンプレートの多くには労働者側に有利に作られた規定も盛り込まれています。

テンプレートを流用するということは、自社にマッチしない制度や使用者側に不利な制度までそのままの形で導入することを意味します。

そして、一度作成した就業規則を会社にとって有利な(すなわち従業員にとって不利な)内容に変更することは、「就業規則の変更による労働条件の不利益変更」に当たり、原則として労働者との合意が必要とされるなどの制約が生じます。

内容をよく検討しないまま就業規則を作成し、労使紛争が起きたときに不利な立場に立たされた」という事例は珍しくありません。

会社に合った「オーダーメイド」の就業規則を作成することが重要です。

最後に

今回は紙面の関係上取り上げることができませんでしたが、就業規則を巡っては様々な法的な論点があります

たとえば「従業員が就業規則の内容に反対の意見を示したときはどうすればいいか」「正社員とパートタイマーなど雇用形態によって就業規則を分けて作成するべきか」などです。

「就業規則を作成したい、あるいは変更したい」「自社の就業規則をチェックしてほしい」などのご要望がありましたら、お気軽に弊所へご相談ください。

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