運送業

報道によると、引越業者大手の元従業員3人が、未払いの残業代の支払いや、作業で損害が生じた際の賠償費用として賃金から天引きされていた金額の返還を求めた訴訟で、横浜地方裁判所が会社に約209万円の支払いを命じました。

同社では引越作業で損害が生じた場合に作業リーダーが3万円を限度として賠償する規程がありましたが、実際には事故の有無を問わず出勤1日につき500円が賃金から控除されるなどしていたとのことです。

今回は、従業員が仕事上のミスをしたときに損害賠償を請求することが可能なのか解説いたします。

民法の原則

民法の原則によると、故意または過失によって他人の権利を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負います。

たとえば、古美術店で商品を眺めていた骨董好きのAさんがうっかり足をひっかけて20万円相当の壺を割ってしまった場合、店はAさんに対して20万円の損害賠償を請求できるのが原則です。

では、会社と労働者の関係でも同じことが言えるのでしょうか?

経営者としては「自分のミスは自分で責任を取ってほしい」と考えたくなりますが、残念ながらそうはいきません

従業員の責任

昭和51年最高裁判決

この点について判断した最高裁判決として「茨城石炭商事事件」(最高裁第一小法廷昭和51年7月8日判決)があります。

この事件は、タンクローリー・小型貨物自動車等により石炭・石油等を輸送するのを業とするY社が、タンクローリーを運転中に前を走っていたローリー車両に追突した従業員Xに対して40万円の損害賠償を求めたものです。

最高裁は、

使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことにより損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に右損害の賠償を請求又は求償できるものと解すべきである

として、Yが被った損害のうち、Xに賠償を求め、求償できるのは4分の1が限度であるとしました。

つまり、労使関係においては民法の原則は全面的には適用されず、従業員は信義則上相当と認められる限度において賠償義務を負うとされているのです。

これはなぜでしょうか。

従業員の責任が限定される理由

そもそも会社は従業員を使用することによって利益を得ており、利益を全て従業員に還元することはしません。

これは資本主義の原則から当然のこととされています。

もし会社がミスをした従業員に損害賠償請求ができるとすると、会社は従業員を指揮命令することにより利益を得る一方で、損害が生じたときには従業員に責任転嫁できることになってしまいます。

これでは会社にとって都合が良すぎます

そこで、会社が決定する業務命令の履行に際して発生するであろうミスは、業務命令自体に内在するものとして会社がリスクを負うべきであるとされています。

一定の範囲で従業員にも責任が認められる

もっとも、従業員の責任が一切問われないわけではありません

上で紹介した「茨城石炭商事事件」では従業員側に4分の1の限度で損害賠償義務が認められていますし、平成15年の「ガリバーインターナショナル事件」(東京地裁2003年12月12日判決)では、自動車販売店の従業員である店長が代金なしに車15台を引き渡したことにつき、諸般の事情を考慮して、損害の2分の1の範囲で従業員の責任を認めています。

給与からの天引き

雇用契約書

従業員に対する損害賠償金を給与から天引きすることは許されるのでしょうか。

この点については、「賃金全額払いの原則」(労働基準法第24条)に反するものであって、不法行為を原因とする損害賠償金と賃金を相殺することは違法であるとした最高裁判例があります(「日本勧業経済界事件」・最高裁大法廷昭和36年5月31日判決)。

従業員の自由な意思に基づいてされた同意があれば相殺は不可能ではありませんが、同意が有効と認められるハードルはかなり高いので注意が必要です。

従業員に対してとるべき措置

では、重大なミスをした従業員に対してはどのような措置がありえるのでしょうか。

賞与(ボーナス)の減額

まず、ミスを理由として賞与(ボーナス)を減額する方法が考えられます。

賞与は毎月の賃金と異なり恩恵的な給付であるとされており、その支払いの有無や金額については会社に一定の裁量が認められます。

したがって、従業員のミスにより会社に損害が生じた場合、その分の金額を賞与から減額することは基本的に問題となりません

ただし、就業規則、労働契約、求人広告などで賞与の支払いが約束されているような場合は違法となる可能性がありますので注意しましょう。

懲戒処分

その他に、就業規則の規定に従って懲戒処分を行う方法もあります。

懲戒処分には、戒告、減給、出勤停止、降格処分、そして解雇などがありますが、会社が課す懲戒処分は、懲戒事由の程度・内容に照らして相当なものである必要があります

また減給処分については、労働者保護の立場から、1回の問題行動に対する減給処分は1日分の給与額の半額が限度と労働基準法で定められています(第91条)。

つまり月給30万円の従業員であれば5,000円程度となります。

しかも減給できるのは1回のミスについて1回のみとされています。

最後に

「従業員のミスにより会社が被った損害を給与から天引きしたい」というご相談は頻繁にいただきますが、天引きは違法とされる可能性が極めて高いので注意しましょう。

従業員のミスで会社に損害が生じたときには、まず賞与の減額や就業規則に基づく懲戒処分を検討し、よほど悪質または重大な場合には損害賠償請求を視野に入れるのがよいと思われます。

どのような処分が適切か判断に迷われた際には、お気軽に弊所へご相談ください。

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