はじめに
IT企業の急速な成長と変化する市場環境において、資金調達は事業展開の重要な要素となっています。
その際、金銭消費貸借契約書は、貸主と借主の間で行われる資金取引を法的に明確化し、双方の権利と義務を保護するための重要な法的文書です。
本記事では、金銭消費貸借契約の法的性質を正確に理解した上で、IT企業が特に注意すべき実務上のポイントについて、法律実務家の観点から解説します。
1. 金銭消費貸借契約書の基本

そもそも、金銭消費貸借契約とはなんでしょうか?
難しい言葉を使っていますが、これはいわゆる借金をする契約で、銀行などの金融機関からお金を借りるときには、この「金銭消費貸借契約」を締結しています。
金銭消費貸借契約は、貸主から受け取った物と「同種・同等・同量」の物を返還する義務を負うというもので、「借りた物自体」を貸主に返還する使用貸借契約や賃貸借契約とは異なります。
消費貸借契約が成立する要件としては、物、すなわち金銭を受け取ることが原則です。
つまり、口頭で約束した「だけ」では消費貸借契約は成立しないのです。
しかし、例外的に「書面で」消費貸借契約を締結することで、契約が成立することとなっています(民法578条の2第1項)。
なお、原則の形は無利息ですが、実務上は利息の条項が付されることが一般的です。
2.金銭消費貸借契約書に記載される主な項目

借入金額と利率:
金額と交付の日付。交付の方法(現金交付か銀行振込か)。
利息を付す場合は利率(下記2(1)で利息制限法についても記載)を記載します。
返済期限:
法律上は返済期日の定めがなくとも有効に契約は成立しますが、実務上は定めることが通常です。
具体的な例として以下の項目があります。
ア 返済方法
返済回数や各回の返済金額。
イ 期限の利益(民法136条)喪失条項
期限の利益とは、期限到来までに当事者が受ける利益のことを言いますが、金銭消費貸借契約では借主側に返済猶予の利益があります。
期限の利益の喪失は法定のもの(同137条)と、合意によって定めるものがあります。
合意による喪失事由の例として、2回以上の支払い遅延、財務状況の著しい悪化、虚偽報告や重要事実の不告知があります。
担保の有無:
担保には大きく分けて人か物の2種類に分けられます。
ア 人的担保について
保証契約ですが、通常の保証人よりも重い責任を追わせる契約として連帯保証契約が挙げられます。
自然人だけでなく会社も保証の主体となることが可能です。
なお、個人(例外はあります)が、事業のために負担した貸金債務について保証する場合は、契約締結日の前1か月以内に公正証書で、保証債務を履行する(支払う)意思を表示している必要があります(民法465条の6第1項)。
下記2(2)で保証契約に関して補足していますのでご覧ください。
イ 物的担保について
代表的なものは、土地や建物といった不動産に設定できる抵当権です。
その他、機械や宝石と言った動産や著作権を始めとする財産権を目的とする質権(民法342条、著作権法66条等)及び譲渡担保等があります。
3. 法律に基づく注意点
日本において金銭消費貸借契約書を作成する際には、いくつかの法律上の留意点があります。
特に、以下の要素は法的問題を回避するために重要です。
(1) 利息制限法の遵守
利息制限法では、借入元本の額に応じて以下のような上限利率が設定されています
- 10万円未満: 年利20%
- 10万円以上~100万円未満: 年利18%
- 100万円以上: 年利15%
これを超過する利息設定は、超過した部分について法律上無効となります。
その他、貸金業者と金銭消費貸借契約を締結する場合は、元本額等について特則があります(利息制限法5条以下)。
(2) 民法改正における保証契約の明確化、保証人保護規定
2020年の民法改正により、保証人保護の観点から以下の点が義務付けられました。
保証契約の書面化:
保証契約は書面または電子的記録で行う必要がある(民法446条1項)。
情報提供義務:
借主の返済能力や負債状況について保証人に対して適切な情報を提供(民法458条の2、458条の3)。
また、主債務が事業のためのものである場合で保証人が個人の場合は、以下の情報を、主債務者は保証人へ、提供する義務があります。①主債務者の財産及び収支状況、②主債務以外の債務の有無、③担保の有無、内容。
(3) 収入印紙の添付
貸付金額に応じて収入印紙を添付する必要があります。
契約当事者双方が署名押印する契約書では双方に連帯して納付義務があります。
通常は当事者の数だけ契約書を作成すると思われるので、当事者で折半や協議で負担内容を決めます(民法558条)。
参照: 国税庁印紙税額表(令和6年11月18日現在) (PDFファイル)4.一般企業、 IT企業に特有の実務的な注意点
企業間取引あるいは、特にIT企業が借り入れを行う際の特有の事情を考慮した上で、金銭消費貸借契約書を作成する際には以下の点を意識することが求められます。
(1) 無形資産の担保
IT企業の多くは、知的財産権やソフトウェアなどの無形資産を主な財産として保有しています。
これらを担保として利用する場合、その価値評価方法や第三者への譲渡制限、権利の実施や仕様に関する貸主側の制限といった取り決めを契約書に明記することが重要です。
(2) 柔軟な返済条件の設定
IT企業の収益モデルは、プロジェクト単位やサブスクリプション型の収入など、多様で変動的です。このため、返済条件には一定の柔軟性を持たせることで、双方にとって合意しやすい契約内容を実現できます。
(3) 電子契約の導入
電子署名法の制定や民法改正によって、消費貸借契約においても電磁的記録による契約が可能です(民法587条の2第4項)。
電子契約の場合、印紙を貼る必要がなく、印紙代を節約することができるため、電子契約を利用するケースも増えています。
5. 契約書作成時に弁護士の協力が必要な理由
金銭消費貸借契約書の作成において、弁護士の助言を得ることは、トラブルの予防に大きく貢献します。以下のようなサポートが受けられます。
- 契約内容の妥当性確認:必要な条項の脱漏の確認。記載した条項が法的に有効か無効かの確認。契約書全体の整合性。
- 意向を十分に踏まえた条項の提案:依頼者にヒアリングし、当事者の関係や資金状況、事業内容等様々な事情に応じて記載すべき条項の提案。
- 紛争を見据えた条項:万が一の際に責任を限定する、あるいは自社に有利な記載内容の提案。
まとめ
金銭消費貸借契約は、企業が安全かつ効率的に資金調達を行うための重要な手段です。
弁護士の協力を得ながら自社の事業特性や将来計画に合わせた契約設計を行うことで、トラブルの予防と企業の成長に大いに寄与するでしょう。
この記事が読者の皆様にとって、金銭消費貸借契約書の理解を深める一助となれば幸いです。
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