新しい取引先と取引を始めるために契約書を取り交わすことになったと想像してください。
ある条文の候補として以下の2つのものがあがりました。
果たして、どちらの候補を採用すべきでしょうか?
- 「甲は、乙が書面の交付を請求した場合においては、直ちにこれに応じなければならない。」
- 「甲は、乙が書面の交付を請求した場合においては、遅滞なくこれに応じるよう努めなければならない。」
実はかなりの違いが…
「こーんな些細な違いは大したことないから、どっちでもいいって。それより早く取引始めようよ!」なんて思われた方はいませんか?
些細な違いに見えて、実はかなりの違いが生じています!
契約書や社内規定を作成・検討する場面では、用語の意味や違いを意識してきちんと使い分けることが非常に重要です。
今回は契約書や社内規程を作成するときに気を付けるべき基本的なルールについて解説いたします。
なぜルールを知る必要があるの?
言うまでもありませんが、契約書や社内規程は法律文書の一種です。
法律文書を作成するときには、法令用語の基本的なルールを踏まえたうえで条文の文言を考えなければいけません。
それはなぜでしょうか。
裁判所で契約書や社内規程の内容が問題となるとき、裁判官は、法令用語の用法に従って解釈します。
冒頭の例でいうと、「直ちに」と「遅滞なく」、あるいは「応じなければならない」と「応じるよう努めなければならない」といった用語は、法律的には明確に使い分けられています。
細かいように思われるかもしれませんが、取引先や従業員と紛争が生じたとき、これらの文言の違いによって会社は有利にも不利にもなりえます。
「わが社ではこの用語はこのような意味で使うのだ」という言い分は、裁判官の前では通用しないのです。
法令用語のルール
法令用語のルールには様々あり、紙面の関係上、全てをご説明することはできません。
ここでは一部のみご紹介いたします。
「又は(または)」と「若しくは(もしくは)」
これらは英語でいえばいずれも「or」に当たりますが、併用される場合には注意が必要です。
「A、B又はC」という場合にはA、B、Cが並列の扱いになりますが、「A若しくはB又はC」という場合には「A・Bグループ」と「Cグループ」に分かれます。
「又は」と「若しくは」が併用されているときは「又は」で大きく分かれると覚えましょう。
「及び(および)」と「並びに(ならびに)」
これらはいずれも英語でいえば「and」に当たりますが、「又は」と「若しくは」と同様に、併用される場合には注意が必要です。
「A、B及びC」という場合にはA、B、Cが並列になりますが、「A及びB並びにC」というと「及び」で大きく分かれて「A・Bグループ」と「Cグループ」に分かれます。
「直ちに」「速やかに」「遅滞なく」
これら3つの用語はいずれも似たような言葉に思われるかもしれませんが、裁判例では、早い方から、「直ちに」→「速やかに」→「遅滞なく」の順になるとされています。
「直ちに」は「即時に」「すぐに」という意味で、いかなる理由があっても遅れてはならないというニュアンスがあります。
「速やかに」は「可能な限り早く」という訓示的な意味合いで用いられます。
「遅滞なく」は「事情の許す限り早く」という意味で、正当な理由があれば遅れることが許されるというニュアンスがあります。
厚生労働省が作成した「モデル就業規則」でも「直ちに」「速やかに」「遅滞なく」がそれぞれ登場します。
もしお時間があればどのように使い分けられているか確認してみるのもよいでしょう。
「~から」と「~から起算して」
期間を計算する規定において、「~から」というときには、初日は算入されず、翌日から数えるのが原則です。
初日から起算したいときには「~から起算して」とすべきです。
たとえば、モデル就業規則の第40条2項には、「代替休暇を取得できる期間は、直前の賃金締切日の翌日から起算して、翌々月の賃金締切日までの2か月とする。」という規定があります。
上記以外の例
ここでは全てを説明することはできませんが、他にも次のような用語の使い分けがあります。
- 「とき」と「時」
- 「前」「後」と「以前」「以後」
- 「その他」と「その他の」
- 「支払う」と「支払うものとする」
義務と努力義務
義務と努力義務の違いも問題になることが多いです。
「○○しなければならない。」などと規定するときは義務、「○○するよう努めなければならない。」などと規定するときは努力義務と呼ばれます。
「義務」の場合は、これを履行しないと契約の解除や損害賠償請求などの原因になってしまいます。
これに対し「努力義務」の場合は、これを課された当事者は実現しようと努力すればよいだけであり、義務内容が実現されなかったことは契約解除や損害賠償請求の原因になりません。
相手方にどうしても守ってもらいたい重要な事項が単なる努力義務とされていると、いざというときに契約の目的を達することができないという事態になりかねませんので注意しましょう。
条文の引用
前後の条文を引用するときにも基本的なルールがあります。
「第何条に規定する」というように条番号を指定するのが原則ですが、直前の条文を引用するときは「前条」といい、直後の条文を引用するときは「次条」といいます。
また、同じ条項の中で再度引用するときには、「同条」といいます。
基本的なことですが、条文を引用するときには引用先の条文が正しい条文かどうか必ず確認するようにしましょう。
特に条文を追加したときや削除したときに条文番号が変わったのがうっかり見落とされ、そのまま放置されることがないよう注意が必要です。
用字
法律的な解釈とは関係がありませんが、契約書や社内規程を作成していると迷うことが多いのが「用字」です。
用字とは、たとえば、「手続」とすべきか「手続き」とすべきか、もしくは「子供」とすべきか「子ども」とすべきか、といったような問題です。
これについては「法令における漢字使用等について」(平成22年11月30日内閣法制局決定)という公的な決定がありますので、基本的にはこれに従って作成するのがよいでしょう。
最後に
今回は契約書や社内規程を作成する際の基本的なルールについてのみご説明いたしました。
これ以外にも、法律文書を作成する際には注意すべきポイントは数多くあります。
たとえば、全体の構造(本則と附則、規定の順序、別表や別記の利用等)、名称(題名)、条文の見出しなどです。
業務の適正な運営を確保し、また、いざというときに思わぬ不利益を被ることがないよう、法律文書の作成は弁護士など専門家の助言の下で行うことをお勧めいたします。