元従業員への賠償請求 逆に会社に支払い命令-安易な賠償請求は危険?-

判決

全国ニュースでも報道されましたのでご存知の方も多いかと思いますが、平成29年3月30日、IT会社がうつ病で退職した元従業員の男性に対し約1,270万円の損害賠償を求めていた訴訟で、横浜地方裁判所は、会社に対し、100万円の支払を命じました

会社が原告となって訴訟を提起したのに何故?と疑問に思うところですが、実は、会社が元従業員に訴訟を提起したのち、元従業員が、「パワーハラスメントによる精神疾患で退職を余儀なくされたにもかかわらず会社から損害賠償請求訴訟を起こされたのは不当である」として、会社に対し、約330万円の損害賠償を求める反訴を提起していたのです。

事実経過

平成26年4月

男性が会社に正社員として入社

平成27年1月

男性が会社を退職

平成27年5月

会社が男性に対し損害賠償請求訴訟(約1,270万円)を提起(①)
会社の主張:「男性が詐病で一方的に退職したことで会社が被害を被った

平成27年11月

男性が会社に対し損害賠償請求訴訟(約330万円)を提起(②)
男性の主張:「パワーハラスメントによる精神疾患が原因で退職を余儀なくされたにもかかわらず、損害賠償請求訴訟を起こされたのは不当

平成29年3月30日

男性の請求(②)の一部を認め、会社に対し110万円の支払いを命令
会社の請求(①)はすべて棄却

この裁判例は、会社が男性に対し訴訟(①)を提起したこと自体が不法行為に該当することを認めた極めて珍しい裁判例です。

訴訟提起そのものが不法行為に該当することを「不当訴訟」と言います。

もちろん訴訟を提起することは原則自由ですし憲法でも認められている権利なのですが、ある一定の要件をみたす場合には「不当訴訟」として、訴訟を提起したこと自体を理由に損害賠償を命じられてしまうのです。

不当訴訟とは?

労働

では、どのような場合が「不当訴訟」にあたるのでしょうか。

少し古い裁判例にはなりますが、最高裁判所が「不当訴訟」の要件を示しています。

それによれば、訴訟提起自体は原則として「正当」なものとしたうえ、

  1. 原告の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くこと、
  2. 原告がそのことを知りながら又は通常人であれば容易に知り得たのにあえて提訴したなど、裁判制度の趣旨目的に照らし著しく相当性を欠くと認められる場合

に例外的に違法となるとされています(最高裁昭和63年1月26日)。

つまり、自らの主張が事実に反し全く理由がないことを知りながら敢えて訴訟を提起した場合には「不当訴訟」と判断されてしまう可能性がある、というわけです。

もっとも、訴訟提起は原則正当なものですし、自らの主張が事実に反し全く理由がないことを知りながら敢えて訴訟を提起したということを被告が立証するのが難しいため、実際に「不当訴訟」と認定された例は多くはありません

裁判所はなぜ「不当訴訟」と認定したのか?

向井智絵

では、今回、「不当訴訟」と判断された理由はどこにあったのでしょうか。

個人的には、無期雇用の労働者(正社員)であれば原則としていつ退職するかは労働者の自由であること、男性は入社後わずか9ヵ月で退職しており会社が主張する約1,270万という膨大な損害が発生することはあり得ないこと、そして、そのことは会社も十分認識していること、というような点が重視されたのではないかと考えます。

実際に、判決文では、「会社が主張する損害は生じ得ない」と認定されています。

有期雇用の労働者であれば、契約期間中における一方的な解約はやむを得ない事情がない限り認められませんが、無期雇用の労働者の場合、原則としていつでも解約の申し出(退職の申し出)をすることが認められています(ただし、2週間前までに申し出るなど最低限の規制はあります)。

会社としては、新しく正社員を雇用した場合、採用や育成に相当のコストを要することになりますから、コストが回収出来る前に退職した場合には従業員に損害賠償を請求したいところですが、実務上会社のそのような主張は基本的に認められておらず、会社は必然的にそのようなコストを負担しなければならない状況にあるのです。

従業員に対し金銭的負担を求めることは一切できないのか?

弁護士壱岐晋大

今回の裁判例のように従業員に対するパワーハラスメントが認定できるような場合は論外として、会社は従業員に対して全く金銭的負担を求めることはできないのでしょうか?

退職の理由が専ら労働者にある場合や、ある日突然出社しなくなってしまったことで引継ぎがなされず実際に会社に損害が発生したという場合には、それを求める訴訟が不当訴訟と認定されることはありませんし、一定額の賠償が認められることもあり得ます。

また、退職したか否かに関わらず、従業員が会社の施設や備品を故意・過失で壊した場合には、従業員に修理費の支払を求めることもできます。

もっとも、本来払うべき給料から天引きすることは認められない、従業員に修理費の全額を負担させてはいけないなど、会社が従業員に金銭的負担を求めるにあたっては労働基準法や裁判例で様々な規制があり、ほとんどの規制は会社側に厳しいものとなっています。

規制を無視して処理をした結果、労働者が労基署にかけこまれた、裁判を起こされたとなっては手遅れとなってしまうこともあります。

従業員に金銭的負担を求めたいという場合には、予め、当事務所に一度ご相談ください。

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弁護士向井 智絵
鹿児島県鹿児島市出身。 人事・労務管理の問題に注力しており、福岡県弁護士会では労働法制委員会に所属。 労働問題に関する最新の動向も把握しておりますので、是非一度ご相談ください。

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