一般社団法人福岡県私設病院協会様が2か月に1回発行している会報誌「福私病ニュース」において、弊所の弁護士が労務問題に関する連載を行っております。

連載中の記事を全文掲載いたします。

事例

たくみ病院の事務長Tは、誰もいない応接室で静かにため息をついた。

「手取りが少ないから生活のために夜の仕事をして、何がいけないんですか?」

Hは応接室を出る間際に開き直った態度でそう言い捨てた。

口調は冷静であったが、その声には怒りと苛立ちが込められていた。

3年目の看護師であるHが勤務後にスナックで働いていることが発覚したのは1週間前のことであった。Hは勤務中にあくびをしたり、ぼんやりとして指示を聞き逃すなどの勤務態度不良が見られ、遅刻も増えていたため、看護部長が面談を実施したところ、副業を告白したのだ。

たくみ病院の就業規則には、副業を原則として禁止し、病院の許可なく他の施設等の業務に従事した場合には懲戒処分を課す旨の規定があり、Hがこの規定に違反していることは明らかであった。

業務に支障が出ている以上、見過ごすことはできない。停職1か月の懲戒処分が妥当であろう。Tの胸のうちは決まっていた。

Tが応接室を去ろうとした瞬間、ノックもせずに扉を開けて飛び込んできたのは総務部長Mであった。


M:「事務長、Hの件、どうなりましたか。」

T:「ああ、副業の事実を認めたよ。週に3、4回、8時から12時過ぎまでスナックで働き、帰宅が1時や2時になることもあるそうだ。1か月の停職が妥当だと考えている。」

M:「やはりそうでしたか。しかし、1か月の停職処分というのは重すぎませんか?」

T:「現に看護師業務に支障が出ているのは知っているのは知っているだろう。就業規則に基づき、厳しい処分を課すべきだと思うがね。」

M:「事務長は考え方が時代遅れなんですよ。今や副業は当たり前の時代です。厚生労働省も副業を推進しているとニュースで見たことがあります。私はこの際、就業規則を見直し、副業を解禁すべきだと考えます。」

T:「副業を解禁するだと?」

M:「そうです。だいたいドクターも看護師も人手不足で、採用には散々苦労しているじゃないですか。副業を解禁すれば、求職者に対しても大きなアピールになるはずです。そう思いませんか?」

T:「しかし…。それって大丈夫なの?」

解説

副業に関する昨今の状況

2018年1月に厚生労働省は『モデル就業規則』を改定しました。

改訂後の規程では、労働者の遵守事項から「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という条項が削除され、会社に所定の届出をすることを条件に副業を認める規定が新設されました。

あくまでモデルの改定ですので法的拘束力はありませんが、政府が柔軟な働き方の一環として副業を推進しているのは事実であり、今後、副業を認めてほしいという求職者や職員の声が大きくなることが想定されます

副業を認める場合には、就業規則等に副業に関するルールと、ルールに違反した場合の処分について定めるとともに、労働時間を適切に管理するための措置をとる必要があります。

逆に、副業を認めない場合には、副業を禁止する旨の規定が必須となります。

なぜなら労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的には労働者の自由であり、それを制限するためには就業規則等に根拠が必要だからです(ただし、国公立病院の職員は国家公務員法および地方公務員法で副業が禁止されています。)

副業のメリット・デメリット

医療業界では、医師に限ってアルバイトという形で他の医療機関での勤務が認められていることがありますが、その他の職員については副業禁止としているケースが多いのではないでしょうか。

人材不足が深刻化する医療業界では、副業を認めることにより採用市場における競争力を高めることも期待できます

事実、医療人材の求人サイト等では「副業・ダブルワークOK」を謳った求人が多く掲載されているようです。

他方で、デメリットも無視できません。

もっとも懸念されるのは、副業が職員の過重労働に繋がり、疲労により業務効率が低下することです。

医療機関では疲労によるミスが重大な結果に繋がり、病院の責任が問われる可能性もありますので、この点はとりわけ深刻な問題といえます。

そのほかに、情報漏洩、職員の忠誠心やモチベーションの低下、ノウハウの流出などのリスクが考えられます。

副業規程のポイント

就業規則等に副業に関する規定を設ける際には、次のポイントに注意すべきです。

  • 副業をする際には事前の申請と許可を条件とする。
  • 申請の際には、副業先の施設名だけでなく、業務内容、勤務時間、雇用形態などを明らかにさせる。
  • 業務や職員の健康状態に問題が生じたと判断したときは、直ちに副業を中止するよう命じることができるようにする。
  • 副業をする職員は、副業先における実際の勤務時間等について定期的に報告するものとする。

今回の事例のように副業先がいわゆる水商売である場合は勤務時間が深夜に及ぶことによる疲労の蓄積が懸念されます。

また、昨今では「夜の街」からの新型コロナウイルスの拡大が問題となっていることから、病院へのウイルスの持ち込みに繋がる可能性もあります。

したがって、たとえ副業規程があっても副業申請を許可すべきではなく、許可なく副業を行った職員には懲戒処分を検討すべきでしょう。

健康リスク

副業を導入する際には問題になるのが長時間労働による健康リスクです。

副業を行っていた従業員が疲労によりうつ病などのメンタルヘルス疾患を負ったり過労死した場合、病院が安全配慮義務違反を問われて損害賠償責任を負う可能性があります。

従業員が2つの病院で勤務しており、どちらの病院における勤務が直接的な原因であるのかはっきりしない場合であっても、共同不法行為の規定に基づき、連帯して責任を負う可能性もあります。

そこで副業を許可する場合には働きすぎにならないよう、労働時間の管理やコミュニケーションを行い、必要に応じて時間外労働や休日労働の免除や抑制を行うべきです。

割増賃金の支払い

労働基準法では、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定されています(第31条1項)。

したがって、複数の事業所における労働時間を通算した結果として法定労働時間を超える場合には、「36(サブロク)協定」を締結し、割増賃金を支払う必要があります

では、この場合に割増賃金を支払う義務があるのは自社と副業・兼業先のどちらになるのでしょうか。

労働基準法では、1日に8時間、1週間に40時間を超えて労働させた場合には割増賃金の支払い義務が生じるとされています(第32条)。

労働者が2つ以上の事業主のもとで労働する場合、時間的に後に労働契約を締結した事業主が割増賃金の支払い義務を負うのが原則です。 

たとえば、A病院で所定労働時間を8時間とする労働契約を締結し、その後、A病院の労働日と同じ日について所定労働時間を3時間とする労働契約をB病院と締結したとします。

この場合、A病院の所定労働時間は法定労働時間内ですので、A病院に割増賃金の支払い義務は生じません。

一方、B病院で行う3時間の労働はA病院での労働と通算すると法定労働時間を超えるため、B病院は割増賃金の支払い義務を負います。

また、月曜日から金曜日までA病院で8時間ずつ勤務している労働者が、土曜日にB病院で3時間労働した場合、B病院はやはり3時間分の割増賃金を支払う必要があります。

以上が基本的な考え方ですが、通算した所定労働時間が既に法定労働時間に達していることを知りながら労働時間を延長した場合には、延長させた各使用者が割増賃金の支払い義務を負うことがあります。

このように副業を導入すると労働時間の管理や割増賃金の支払いの手続が煩雑になることは避けられません

労働時間の通算に関する規定が副業の活用の妨げになっていることは指摘されており、法改正の必要性も議論されてはいますが、現状では上記のような運用となっています。

最後に

今回は医療機関における副業の導入について解説いたしました。

新たに副業の制度を導入する場合はもちろん、すでに導入している場合であっても、リスクに備えて適切に制度を運用するために専門家にご相談することをお勧めいたします。

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