一般社団法人福岡県私設病院協会様が2か月に1回発行している会報誌「福私病ニュース」において、弊所の弁護士が労務問題に関する連載を行っております。

連載中の記事を全文掲載いたします。

事例

事務部会で配布された資料を見て、たくみ病院の事務長Tは目を疑った。

資料に掲載されているのは『ナースのための病院口コミサイト ナースナビ』というサイトのスクリーンショットであった。

そこには、「長時間の残業は当たり前。なのに残業代は一切出さない、典型的なブラック病院。」「ドクターの暴力や暴言は日常茶飯事。それを見て見ぬふりする経営陣。」などと、たくみ病院を痛烈に批判する口コミが数十件も投稿されていた。

中にはTや看護部長を名指しした誹謗中傷の投稿もあった。

投稿されている内容はほとんど事実無根であったが、内部の関係者でないと知り得ないような情報も含まれていた。

投稿を行っているのは「ふみちゃん」というアカウントである。

事務部の職員は、「ふみちゃん」の正体について心当たりがあった。

整形外科に勤務している看護師Fである。

Fは、ありもしない労務問題やハラスメントを訴える問題社員であった。

投稿の内容や「ふみちゃん」という名前から、Fによる投稿である可能性は極めて高いと思われる。

しかし、確かな証拠は何もなかった。

会議に出席したメンバーは皆、無言のまま資料に目を落としていた。

重苦しい空気を破ったのは、総務部長のMであった。


M:「事務長、これを放置していたら今後の採用活動に影響が出ます。早急に対策を検討すべきです。」

T:「しかし、対策と言っても具体的に何をすればいいというのだね?」

M:「これを書いたのはFに間違いありません。Fを呼びだして、自分が『ふみちゃん』であることを白状させるべきです。」

T:「しかし、Fが書いたという証拠は何もないではないか。」

M:「そんな弱気でどうするんですか。これは名誉棄損に他なりません。Fを問い詰め、もし自分が投稿したことを認めたら即座に解雇すべきです。」

T:「しかし…。それって大丈夫なの?」

インターネットと病院経営

インターネット上の口コミに悩む企業は少なくありません

ひと昔前は「5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)」や「爆サイ」など一部の人のみが利用するサイトへの投稿が主でしたが、最近はGoogleマップの口コミ、Twitter、Facebookなど、多くの人の目に触れるメディアで情報が広まったり、いわゆる「まとめサイト」に転載されて拡散するケースも増えています。

 現社員や元社員が投稿できる口コミサイトも増えています。

このようなサイトは自分が在籍している(あるいは過去に在籍していた)会社の口コミを書くと他の会社の口コミが見られる仕組みになっているものが多く、従業員数が多い企業ほど多数の口コミが投稿されています。

看護師や医療従事者に特化した口コミサイトも複数存在しています。

悪質な投稿を放置していると、病院の社会的な評価を失墜させ、採用活動にも大きな悪影響を及ぼすおそれがあります。

今回は労務の観点からこの問題への対応策を考えてみましょう。

発信者の特定

インターネット上の投稿は匿名で行われることがほとんどです。言うまでもありますが、「この従業員が書き込んだに違いない」という憶測で処分を行うことは許されません。

では、書き込んだ人間をどうやって特定すればよいのでしょうか

書き込み主を特定するための方法は、大きく分けて、

  1. 書き込み主であると疑われる者に対して聞き取りを行う
  2. 投稿が行われたサイトのウェブ上のフォームから開示の請求を求める
  3. プロバイダ責任制限法に基づいてプロバイダに開示の請求を求める
  4. 裁判手続を行う

の4つがあります。

聞き取り

最初に思い浮かぶのは、書き込み主であると疑われる従業員に対する聞き取りでしょう。

しかし、これはリスクも大きい方法です。

不用意に聞き取りを行うと、相手に警戒されたり、「やってもいない違法行為の疑いをかけられた」として逆に訴えられる可能性もあるからです。

そもそも第三者が他人の書き込みであるように装うことも可能ですので、書き込み内容やアカウント名(ハンドルネーム)から書き込み主を決めつけることは極めて危険です。

従業員に聞き取りをする際には、「あなたが書き込んだのだろう」などと問い詰めるようなことは絶対に避けるようにしましょう。

「発信者情報の開示請求により書き込み主を特定することを検討しているが、知っていることがあったら教えてほしい」と伝えるなど、調査への協力を求めるという姿勢を貫くことが大切です。

サイト運営者への請求

書き込みがされたサイトの運営者に対して直接投稿の削除や投稿者の情報の開示を求める方法もあります。

今回の事例で言えば「ナースナビ(架空のサイト名です)」の問い合わせフォームや削除フォームから直接コンタクトを取ることになります。

権利侵害の当事者からの請求であれば削除に応じてくれるサイトも多いので、被害拡大を防ぐため、まず書き込みの削除を要請するのも得策です。

削除請求を行う際には、サイトの利用規約に違反する、あるいは名誉棄損に当たるといった根拠を示すと効果的です。

利用規約のどの条項に違反するか具体的に示すようにしましょう。

書き込み主の特定

しかし、過去の投稿を削除しても根本的な解決にはならないことは多いです。

新たな投稿は防げませんし、複数のサイトに書き込みがされている場合には削除請求に多大な労力がかかるためです。

そこで、やはり書き込み主の情報を開示してもらうことが必要になります。

しかしサイトの運営者は投稿に利用されたIPアドレス等のアクセスログしかわからないことが多いですし、仮に氏名等が登録されていても、個人情報保護の観点から運営者は開示に慎重になると思われます。

投稿者を特定するためには次のステップとして、IPアドレス等からプロバイダを割り出し、プロバイダに対し発信者情報の開示請求を行う必要があります。

プロバイダに対する発信者情報の開示請求は「プロバイダ責任制限法」という法律に規定があり、「権利侵害が明らかであるとき」などいくつかの要件が定められています(同法第4条各号)。

プロバイダが開示請求に応じない場合には訴訟を提起する必要があります。

書き込み主の特定には時間と労力がかかる

このように、書き込み主の特定にはそれなりの時間と労力がかかります

現在、迅速な情報開示を実現するための法改正が検討されていますので、今後の法整備に期待したいところです。

なお、IPアドレス等のアクセスログの保有期間は3~6か月間に限られていますので、開示請求を検討する場合は早めに弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。

書き込んだ者に対する責任追及

以上の方法で書き込み主が特定できたとしたら、その者に対してどのような対応がありえるのでしょうか

書き込み主が負う責任は、刑事上の責任、民事上の責任、労働契約上の責任の3つに大きく分けられます。

刑事上の責任として、名誉毀損罪(刑法第230条)、侮辱罪(同法第231条)などが成立する可能性があります。

民事上の責任としては、名誉を既存された会社または個人に対する損害賠償責任(民法第709条)が生じます。

労働契約上の責任追及の方法として、就業規則に定める服務規律に違反したものとして懲戒処分を行うことが考えられます。

サイトへの書き込みはあくまで私生活上の行為ですが、会社の名誉・信用を害するなど、企業秩序を侵害するような態様の場合には、企業秩序の維持の観点から懲戒処分を行うことが可能です。

特に事実とは異なる書き込みで不当に病院の社会的評価を貶めている場合には懲戒処分が可能だと考えられます。

では、どのような内容の処分が可能なのでしょうか。

「インターネットに不適切な投稿をするような従業員はすぐにでも退職してもらいたい」と思われるかもしれませんが、使用者から一方的に雇用契約を終了させるためのハードルは高く、不適切な書き込みだけを理由に即座に解雇することは難しいでしょう。

戒告や譴責といった軽い処分に留めつつ将来の解雇を視野に入れて指導や処分を積み重ねていく、あるいは自主的な退職を促すいった方法が現実的です。

最後に

今回は従業員が勤務先の批判を投稿したという事例を元に解説いたしましたが、より深刻な事例として、カルテなど患者の個人情報が従業員などのSNSなどを通じて流出することもありえます。

SNSの拡散力はすさまじく、一度情報が発信されると、情報はまたたく間に広範囲に広まっていきます

慌てて元の投稿を削除してもスクリーンショットが広まっていきます。

こうなってしまうと、もはや被害の拡大を止めることはできません。

いわゆる「炎上」と呼ばれる状態です。

そのようなことが起こらないようにするためには、入社時に誓約書を作成させたり、SNSの利用に関するガイドラインや個人情報の取り扱いに関する院内規程を作成し、それに関する職員研修を行うことが有効です。

弊所にご依頼いただくことで、誓約書、院内規程、ガイドラインの作成や、職員研修の講師を承ることができます。お電話やテレビ会議(Zoom等)によるご相談も可能ですので、お気軽にお問い合わせください。

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